2017年4月23日日曜日

春のイベント


春はイベントが盛りだくさん。

お友達と散歩をしたり。











お友達と河口湖へ行ったり。


お友達から美味しい贈り物をいただいたり。


お友達と美味しい食事を楽しんだり。



お花でいっぱいの散歩道を楽しんだり。



どれもPUGSと楽しみました。

読んでくれてありがとう。
Thanks for reading.

2017年1月29日日曜日

チョコレート

今年もバレンタインの季節が近づいてきました。
とらぱぐからはゴンチャロフのアニマルチョコ(パグ)をプレゼントしてもらいました。


私からのチョコはというと、不二家さんのハートピーナッツチョコレートです。
価格差がうんとこさありますが、そこはとらぱぐ指定の品なので・・・。



ガバチョさんから素敵なパグのガーデンオーナメントをいただきました。
可愛らしい顔をしています。


太さんの傍にいてもらうことにしました。

ガバチョさん、ありがとうございました。




読んでくれてありがとう。
Thanks for reading.

2016年12月30日金曜日

よいお年を

今年も大変お世話になりました。
PUGSを可愛がってくださった皆様に御礼申し上げます。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

よい年をお迎えください。



読んでくれてありがとう。
Thanks for reading.

2016年12月26日月曜日

太さんの旅立ち

2016/12/29 太さんへの手向けとしていただきましたものの写真を追加しました。

2016/12/24 AM1:30 太さんが旅立ちました。


2006年6月5日、太さんは我が家で生まれた初めての子でした。
とらぱぐがお休みの日に生まれ、とらぱぐが取り上げました。
一緒に生まれたのは4兄弟でしたが、太さんと敬さん以外の子は体が弱く、儚く彼岸へと戻ってしまいました。
すくすくと育ち、活発な子でしたが、粗相もあまりすることがなく、ルールを尊重する聞き分けのいい子でした。性格は几帳面で、曲がったことが嫌いな子でした。
お父さんのアレクサンダーと、お母さんの小町さんのいいところどりで、とてもハンサムな子でした。
1歳の頃に左目を角膜穿孔で視力を失い、視野は片目だけであったのに、それを補うべく、彼は常に努力をしていました。


アレクさんの後を継いでリーダーになってからは、常に周りに気を配り、
不審と思うものには自らが立ち向かって仲間を大事に守り、
仲間の争い事には公平に威厳をもって収めていました。
忍耐強く、我慢強い子になったのは、リーダーになったことも大きかったと思います。
また介在犬としての活動が、太さんがその場で自分が何をなすべきかを考えて、自発的に行動する契機となったように思えます。
被り物は好きではなくてあっという間に脱いでしまっていましたが、活動の時だけは仕事と割り切って、最後まで被っていました。



一方で安心できる状態では、とても甘えん坊な子でした。
眠るときは必ず私の横にくっついて、誰かが具合が悪くて様子を見なければならないとき以外は傍にいる権利を誰にも譲りませんでした。

外耳の皮膚が弱く、また7歳を過ぎたころに尿道結石を発症し、ご飯を変えました。
それ以外は大過なく、日々を重ねていました。


2016年6月5日に10歳を過ぎ、9月5日に腫瘍が発覚しました。
翌日に綺麗に摘出できましたが、想定よりも腫瘍が大きく、リンパ腫が含まれていました。
生検の結果、ハイグレードタイプだが、TとBのどちらかまでは判然としていないことがわかりました。再発を考慮して9月後半から抗がん剤治療を開始しました。
食欲が落ちることもあれば、完食できることもあり、獣医さんやスタッフさん、家族の協力を得ながら、太さんとその波を一生懸命乗り越えました。

血液検査でチェックしながら、薬の量をぎりぎりまで減らしたり、太さんの体調を鑑みながら治療を進めてきましたが、12月6日の投与以降、食欲不振がなかなか治りませんでした。
おう吐と下痢が続いたら、すぐ入院という取り決めをしていたので、症状が出たらすぐに病院へ。
栄養剤と薬を投与してもらいましたが、食欲については回復傾向があまり見られませんでした。
気に入った差し入れを口にしても、次の日には見向きもしなかったり・・・。
変わらないなら家ですごさせてやりたかったのと、脱水症状にすぐに陥らないところまでは回復したので、12月15日に退院しました。

12月19日、再びおう吐と下痢が見られたので受診。
超音波をつかって調べた結果、術後4か月弱となる12月19日にリンパ腫再発が確認されました。

食欲不振の原因は再発のためでした。
太さんの腫瘍はハイグレードタイプ、Tセル細胞型であることが明確になりました。
ハイグレードはローグレードより抗がん剤が効く傾向(7割)はあるのですが、Tセル細胞型は効きにくい傾向があり、薬が効く確率は5割に落ちます。
統計の数字だけを見れば、寛解率は15~20%とのこと。
平均余命は発症してから3~6か月。

何もしなければ現状から回復はせず、ごはんを食べることはできないまま、残りの時間(MAX6か月)を過ごす。
リンパ腫を抑えるための抗がん剤を投与すれば、効果が出るかどうかは不明だが、確実に体に負担がかかる。薬の効果が出た場合は余命は1~2年。効果は早ければ一週間程度で視認できる。

もう一度、ごはんを食べて、おなかを暖かくして、満足そうに眠っている太さんを見たい。

悩んだ末、治療継続に固執しない=途中でやめることもあるとして、レスキューメソッドへの切り替えを決断しました。

12月20日に今までとは異なる抗がん剤を投与し、一日病院に宿泊し、様子を見てもらいました。
翌日には病院でシュークリームを半分と、ジャーキーを一本まるまる食べました。

12月21日の夕方に退院した時は、家まで歩くというので様子を見ながら歩いて帰りました。
ぷれこさんから頂いた飲み込み力が下がった子用のお食事を少し。夜に、とらぱぐが買ってきたハリエのバームクーヘンと、お肉をほんの少し食べました。

12月22日、バナナを少し食べました。昼間はお庭に出したお気に入りの椅子の上で、日向ぼっこをして眠っていたそうです。
会社帰りに病院で消化器サポート系の高栄養な液体状のフードを譲ってもらいました。散歩に行きたいというので、暖かくしてカートに乗せて、みんなで一緒にTowers Milightを少しだけ見にいきました。

12月23日、お風呂に入れないでいたので、熱くしたタオルで全身を拭きました。
お風呂好きな太さんは、目を細めていました。
高栄養フードは味が好きではなかったので、バナナとヨーグルトとプリンをミキサーで混ぜたものを少し食べました。散歩に行きたいというので、暖かくしてカートに乗せて、みんなで一緒にいつもの散歩コースのうち最も短いコースを辿りました。
写真を撮ると、まっすぐにカメラを見ていました。


ご近所の顔なじみの方たちにも優しく声をかけてもらい、顔を向けていました。

帰り道に咳を二回ほどしたので、誤嚥で肺炎を起こしていないか心配になり、休日ではありましたがかかりつけの動物病院で診てもらうことにしました。(事前にそういう約束をしてくれていました)
電話してから行ってみると、直前に飛び込んできた急患と突然の訪問者で少しだけ待ち時間がありました。
その間、待合室にある太さんの小さいころのアルバムを太さんと一緒に見ました。
レントゲンの結果と聴診で、肺も呼吸器も心臓も差し迫った危険はないことがわかりました。

病院からの帰り道、家まであと5メートルのところで歩きたいというので、少しだけ歩かせました。
尻尾を挙げて、マーキングをして、ゆっくりと歩いて家に入りました。
自分でお気に入りの椅子の上に飛び乗って、眠りました。

20:30頃にぷれこさんから、7PUGSにおそろいのお洋服のプレゼントが届きました。
とても暖かそうだったので、太さんに見せると、匂いをかいでいました。

21:30頃に急に起き上がったので、見ると脱糞していました。本犬が一番驚いたようでした。
熱いタオルで汚れをふき取っているとき、体に力が入らない様子が見て取れました。
よだれも少し出ていました。
夜間救急に行くことも頭をよぎりましたが、体力が低下している太さんにできる処置はあまりないように思えてやめました。
膝にのせて撫でていると、落ち着いた呼吸になり、また寝息を立て始めました。

23:30頃に降りたがったので下すと、自分で歩いて水を飲みに行きました。
6PUGSの寝床を先に整え、ベッドの上を粗相してもいいように整えて、太さんと一緒に寝ました。
一度物をとりにベッドから降りたところ、戻ったときに体を起こして、私を待っていました。

目を閉じるのを嫌がったので、常夜灯にして、顔をくっつけて、呼吸音を確かめながら、話しかけ、頭を撫でていました。
知らずに自分が目をつむっていたことに気づいたとき、太さんの瞳からは光が消えていました。
体はまだあたたかく、やわらかく、心臓と呼吸の音がしないのが不思議なほどでした。
同じ部屋に、同じベッドに寝ていた6PUGSは誰も起きることなく、静かに眠っていました。
群れが安全な状態にあるのを確認してから、太さんは深い眠りについたようでした。
彼は最後までリーダーでした。
時計は2016年12月24日、1:30を指していました。

日が昇り、太さんと仲の良いパグのお友達が見送りにきてくださいました。
いろいろと話を聞いていただき、またお話してもらい、心が少しずつ落ち着くことができました。
また、お世話になった病院や、遠くのお友達からも心のこもったメッセージや、お花をいただきました。























メッセージは太さんに読み聞かせ、きれいなお花は枕辺と墓前に、ポコひなさんから頂いた甘いおみかんをはじめ大好きなフルーツも供えさせていただきました。

12月25日、ご近所の方や叔父夫婦がやはり見送りに来てくれました。
庭にあるアレクさんのお墓の隣に、家族みんなで太さんを埋葬しました。

とらぱぐも私も、人付き合いが上手くなく、周りには迷惑をかけることが多かったと記憶しています。
太さんを可愛がってくださった皆さんのご厚情に感謝するばかりです。
本当にありがとうございました。

ごはんの用意が6頭だったり、お散歩から帰ってきて抱き上げて足をあらう回数が6回で終わったり、歩いていて何頭いるのですかと聞かれて6頭と答えるのだと意識したり。
そんな折々に、太さんがもういないのだということを改めて感じて、何ということもないのに、わけもなく落涙することがあります。
喪失感には日にち薬しかないのですが、太さんにあまり心配かけないようにしたいです。

7PUGSでの年賀状は今年出すものが最後になりました。

これからも引き続き、6PUGSをよろしくお願いいたします。

読んでくれてありがとう。
Thanks for reading.

<CAUTION>
以下の写真は太さんの亡骸が映っております。苦手な方はスクロールせず、お戻りください。文章はこれ以上はありません。